ALL-A blog

団地・炭鉱・近代化遺産・建築・まちなみ…
トヨクニハウス01
トヨクニハウス01
トヨクニハウス
大阪市都島区高倉町1 (地図
竣工 1931(昭和6)年
撮影時期 2005年4月

下寺住宅の解体によって一連の“軍艦アパート”がすべて消滅した今となっては、大阪に残る戦前のRC造集合住宅は、おそらくこのトヨクニハウスが最後でしょう。東京の同潤会アパートに比べると大阪の戦前RC造アパートは知名度が低く、トヨクニハウスも「知る人ぞ知る」という存在で、かくいう私も最近まで知りませんでした。しかし実際に見ると、建築史的にかなり貴重な存在だと思いました。できれば文化財に指定して公的に保存すべき。その価値はあります。
トヨクニハウス02
トヨクニハウスは民間のアパートで、2階建ての建物が4棟あります。当初は6棟あったようです。設計者は不明。住戸形式はメゾネットではなくフラット、つまり1階と2階は別の住戸で、中央の階段室で左右対称に分かれています。したがって1棟の住戸数は4戸。この4戸1住棟の構成は大正時代に木造アパートで既に登場しており、トヨクニはこれをRC(鉄筋コンクリート)造に置き換えたものと言えるでしょう。

また、このタイプの前例としては、同潤会の代官山アパート(現存せず)をあげることができます。同潤会アパートは中層棟のイメージが強いのですが、代官山には中層棟だけでなく低層棟もあって、これがやはり中央に階段室を持つ4戸1住棟でした。“立体四戸”と呼ばれたこのタイプはRC造では代官山しか建てられなかったものの、同潤会の木造住宅にも見られます。代官山アパートの竣工は昭和2年(一部は5年)でトヨクニよりも早いので、トヨクニの設計者が代官山アパートを参考にした可能性はあります。

【関連サイト】代官山の低層棟の写真を載せているサイトは意外と少ない
Site Y.M. 建築・都市徘徊Tokyo Lost Architecture同潤会代官山アパートメント
suze collectioncontentsannexすきだったばしょ Vol.1「在りし日の同潤会代官山アパート」

トヨクニハウス03
階段室の出入口。この階段は2階の住戸にアクセスするためだけの存在で、1階住戸の玄関は別の部分にあります。この点も代官山と同じ。

トヨクニハウス04
庇の先端にはアパート名が。“A”は住棟の符号です。数字ではなくアルファベットとしたのは、先進的なイメージを演出するためでしょうか。

トヨクニハウス05
1階住戸の玄関。この写真だけ見るとまるで戸建て住宅のようですね。

トヨクニハウス06
隣棟間隔はかなり狭く、住棟の間は中庭というより裏庭とか路地といった方がふさわしい。下寺住宅を訪れた時にも感じましたが、良質な中庭空間を造ろうとする意識に欠けます。庭より住棟を建てて住戸数を増やした方がいい、という大阪らしい経済性重視の姿勢を思うのは偏見でしょうか。
続く

【関連サイト】
blog版「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔発」トヨクニハウス
| 団地・集合住宅 関西地方 | 20:05 | comments(8) | trackbacks(1) |
こんばんは。立て続けにコメントして申し訳ありません。私は、このトヨクニハウスについてまったく知りませんでした。娘が建築を勉強しているので、誘ってそっと見学しにいってみようと思います。
| わきた・けんいち | 2006/04/28 11:09 PM |

>娘が建築を勉強しているので、誘ってそっと見学しにいってみようと思います。

そうですか。それはぜひご一緒に行かれるといいですね。軍艦アパートほど「濃く」はないですが、それでも住棟がぎゅっと寄せ集まっていて独特のスケール感があります。
| tks@管理人 | 2006/04/30 12:53 AM |

tksさん、昨日、娘といっしょにトヨクニハウスを見学してきました。親子で満足いたしました。
| わきた・けんいち | 2006/05/04 4:39 PM |

いい親子でいらっしゃいますね。私は独身なのですが、うらやましく思います。
| tks@管理人 | 2006/05/05 1:25 AM |

はじめまして。
トヨクニハウスの所在地見てびっくり!うちの近所なんです。歩いてもすぐのところにあるので、さっそく見に行きました。身近にこんなところがあるとは知らず、お宝見つけた気分です。ちなみに軍艦アパートも取り壊されると聞き、先日撮影に行ってまいりました。
| 旅人 | 2006/05/09 9:43 PM |

>旅人さん
「灯台もと暗し」と言いますか、私も自分の住んでいる地域の名所に気付いていないかもしれませんね。
| tks@管理人 | 2006/05/10 11:54 PM |

はじめまして(^^)
懐かしさのあまりコメントしてしましました。
私はなんと40年ほど前、18年間ほど住んでました!!幼稚園から大学生まで「トヨクニ・ハウス・C」二階です。
そのころもやっぱり存在感はありましたね〜この前行ってみるとCが無い・・・寂しいです。特にウラ道の石畳道が好きでした。突然失礼致しました。
| かっちゃん | 2006/11/28 11:19 PM |

>かっちゃんさん
コメントありがとうございます。何かこのところ「むかし住んでいました」という書き込みが続きますね。記録・記憶を残すこともこのブログの目的のひとつなので、住民の方に懐かしく思っていただければ幸いです。

ところで最近出た『集合住宅の時間』(大月敏雄、王国社)という本にトヨクニハウスのことが載っていました。それによると、入り口の庇の先端に付いている「トヨクニ・ハウス・A」といった文字はネオンサインの跡なのだそうです。他にもアパート建設の経緯などいろいろ興味深い情報が書いてあります。

どちらかというと建築設計の専門家向けの本(元々は住宅設計の専門誌の連載)ですが、さほど堅苦しい内容ではありません。図書館などで機会がありましたら、ご一読をお勧めいたします。
| tks@管理人 | 2006/11/30 11:26 PM |










http://blog.all-a.net/trackback/286773
トヨクニハウス
■数日前、記事「団地」(その1)(その2)(その3)をアップしました。特に、(その1)については、HAMさんの『団地百景』と、tksさんの『ALL-A』のサイトをご紹介させていただきました。そして、tksさんの『ALL-A』の記事では、大阪の都島区に「トヨクニハウス」
| Blog版「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔発」 | 2006/05/04 4:29 PM |
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< July 2010 >>
+RECOMMEND
僕たちの大好きな団地
僕たちの大好きな団地
長谷 聡, 照井 啓太, 青木 俊也, 原 武史
+RECOMMEND
ポケット判 北九州・筑豊の近代化遺産100選
ARRAY(0xad1fbe40),北九州地域史研究会
+ RECENT COMMENTS
+ RECENT TRACKBACK
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ LINKS
+ PROFILE
+ OTHERS
このページの先頭へ