2006.01.02 Monday
池島の炭鉱住宅 高層棟02
![]() ▲左:27号棟、右:25号棟の南立面 ブリッジは鉄骨造の橋桁にコンクリートのスラブと腰壁を打っています。それにしても、斜面の中腹に高層棟を建てて、尾根から5階レベルにブリッジを架けるとは、実に大胆な計画です。おそらく、限られた敷地に住棟の配置計画を立てたところ、必要住戸数を確保するにはどうしても一部を高層化せざるを得ず、エレベーターなしで高層階にアクセスする方法を検討した結果、北側斜面の利用を考えついたのでしょう。建築学の常識に囚われない炭鉱技術者ならではのユニークなプラン。橋を架けるという点では土木の設計思想に近いですね。 ![]() ▲左手前:31号棟、左奥:29号棟、右は尾根沿いに建つ中層棟 高層棟の下半分は隠れているので、尾根沿いの道の景観は両側に中層棟が並んでいるように見えます。尾根を超えた南側(写真右側)には坑道の入り口があり、出勤時、炭鉱労働者は尾根の南側斜面の階段を下りて坑道へ向かったと思います。つまり、住まいから坑道へ最短ルートで往復するなら、高層棟の1〜4階の住民も5階のブリッジを通ったはずです。そう考えればブリッジの幅の広さが納得できます。 ![]() ▲31号棟 斜面から下の方はあまり見えません。低層階の住戸からの眺めはほとんど斜面しか見えないのでは。 ![]() ▲25号棟 一部はツタが8階まで伸びています。とはいえ、既に長年放置されている割には、それほどツタに覆われていませんね。いつか、建物全体がツタに覆われる時が来るのでしょうか。 静寂の中、夕日に照らされた無人の団地にひとり立っていると、興奮と寂寥感が同時に湧き上がってきて不思議な感覚に囚われました。今でも池島のことを思い出すたび、あれは現実の光景だったのだろうかと思わずにはいられません。しかし、確かに数十年前、炭鉱労働者とその家族で活気に満ちていた時代がこの団地にはあったのです。 |





