2006.01.16 Monday
池島
![]() ▲夕日を浴びる池島(帰りの船上から) 池島は長崎県外海(そとめ)町の西方6kmに浮かぶ周囲4kmほどの小さな島です。外海町は2005年1月に長崎市と合併したので、池島も現在は長崎市の一部となりました。外海町は「かくれキリシタン」の潜伏地のひとつで、遠藤周作の『沈黙』の舞台として知られています。江戸時代の池島には宣教師の密入国を監視するための番所が設置されていました。 ![]() ▲池島港の石炭積み出し施設 池島炭鉱は三井系の松島炭鉱の運営により1952(昭和27)年に採掘を開始、営業出炭が始まったのは1959(昭和34)年です。国内の他の炭鉱に比べると歴史の浅い、新しい炭鉱と言えます。そして各地の炭鉱が次々に閉鎖されてゆく中、北海道の太平洋炭鉱とともに最後まで操業を続けるも、2001年11月に閉山。2ヶ月後の2002年1月には太平洋炭鉱も閉山して、日本の炭鉱の歴史は事実上の終焉を迎えます ※ 。 ※ 実際は太平洋炭鉱は後継会社の釧路コールマインの運営によって継続中。他にも亜炭を採掘する小規模な炭鉱が存在する。 2枚目の写真は池島港に残る石炭積み出し施設や貯炭場の風景。長崎県の他の島や三池港(福岡県大牟田市)の炭鉱施設はほとんど撤去されているので、これも貴重な産業遺産です。 ![]() ▲池島炭鉱 第二竪坑櫓 池島の竪坑櫓は三池炭鉱の宮原坑や万田坑と比べるとずいぶんスマートですね。建屋で櫓が隠れてしまっているのがちょっと残念。国旗は奥がベトナムで手前はインドネシアのもの。なぜ外国の国旗が掲揚されているかというと、池島炭鉱と太平洋炭鉱はベトナム・インドネシア、そして中国といった海外の炭鉱技術者が採炭技術を研修する施設として活用されているからです。 以前のエントリーで述べたように、池島の一部の住棟が塗り直されていたのも研修生の宿泊施設として利用するためだったようです。しかし、私が見た限りでは人が生活している様子はまったくありませんでした。とはいえ島内のどこかで生活しているはずで、おそらく炭住を再利用していると思うのですが、時間がなく未確認。 ![]() ▲このブログで紹介した炭鉱住宅の場所 (航空写真の出典=国土交通省 国土情報ウェブマッピングシステム 国土画像情報(カラー空中写真)より) 【関連エントリー】 炭鉱住宅・猫 池島炭鉱
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