2010.02.13 Saturday
栗山鉱業 栄の島炭鉱
先日、ある廃墟&産業遺産マニアの懇親会でご一緒した方から、長崎県のある小さな島に炭鉱の遺構があるのだが廃墟マニアはおそらくまだ誰も行っていないだろう、と教えていただきました ※1 。実は私も九十九島のどこかの島に遺構があるとの断片的な情報は掴んでいたのですが、どの島かは特定できずにいたのです。場所は佐世保市小佐々町の永ノ島で、炭鉱名は栄の島(えのしま)炭鉱。先日紹介した矢岳炭鉱のすぐ近くです。
※1 こういう話をするとき、iPhoneでGoogleマップが即座に見られるのは実に便利だ。 ![]() 国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真) 撮影 1974(昭和49)年度 永ノ島の全体。右側の陸地は九州本土で島との距離は数十m程度。 ![]() 炭鉱を拡大。 Googleマップは不鮮明なのでYahoo!地図に写っている現状。遺構は本土から見えるそうです。現在は無人島。 大きな地図で表示 Googleマップでも図示しておきます。マーカー中央:栄の島炭鉱、左上:矢岳炭鉱。 ネット上に栄の島炭鉱の情報はほとんど出ていないのですが、魚釣り関係のサイトで遺構の写真を見つけました。 矢岳炭鉱を調べるために小佐々町史のコピーを取っていたので、栄の島炭鉱の記述を抜粋して年表にまとめました。 明治初年頃 既に露頭部のタヌキ掘りが行われていた。 1897(明治30)年頃 坂田某が採掘権を獲得。 1903(明治36)年 斜坑開削に着手。 1906(明治39)年 閉鎖。その後、周辺一帯が佐世保要塞地帯に編入されたため再開できず。 1947(昭和22)年 堀川辰吉郎が採掘権を獲得。 1952(昭和27)年 トコイ島(ブログ管理人註:永ノ島の南にある)で小規模開坑。 1956(昭和31)年 栗山鉱業が明治39年に閉鎖された坑道を再開。翌年に採炭開始。 1959(昭和34)年 深部にある大瀬五尺層開発のため別途、斜坑開削。 1962(昭和37)年 送電線の塩害による停電で坑道が水没。事業中止。 1964(昭和39)年 福岡丸二商会の協力で事業再開。 1965(昭和40)年 大瀬五尺層に着炭、採炭開始。 1967(昭和42)年 予想外の断層に遭遇、閉山。 【参考文献】
※2 永ノ島炭鉱と記載する資料もあるが、当ブログでは『小佐々町郷土誌』に従い栄の島炭鉱とする。 |


