2010.07.23 Friday
皇后崎のねじりまんぽ
![]() 皇后崎のねじりまんぽ 福岡県北九州市八幡西区熊手 竣工 明治時代? 撮影 2010年7月 カメラ Nikon D50 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC 前回の北九州工場ツアーの記事の中で、日中に単独で北九州市内を探索したと記しました。その成果は後日少しずつ報告していきますが、これだけはすぐにUPしておきます。北九州地域の鉄道遺構を調査している人達の間で話題になった、皇后崎(こうがさき)のねじりまんぽ形式のレンガアーチ橋です。 ※1 橋梁の正確な位置は皇后崎・熊手の境界の熊手側だが、皇后崎側からしか接近できないので本稿では「皇后崎のねじりまんぽ」と表記する。 1枚目の写真では藪に隠れて分かりにくいのですが、レンガアーチ橋が少しだけ見えていて、その左のフェンスで囲まれた部分が西鉄北九州線の廃線跡、右の架線が見えている部分がJR鹿児島本線 ※2 です。つまり、この遺構は西鉄北九州線と鹿児島本線の間にあります。鹿児島本線でいうと黒崎〜陣原の間ですね。1〜3枚目は黒崎側から見たところで、背後の高架は黒崎バイパス。 ※2 正確には鹿児島本線の旅客線と貨物線、および筑豊本線の短絡線。 ![]() 穴生川に流れる小さな水路に架かるレンガアーチ橋。 ![]() アーチ内部のアップ。確かにねじりまんぽですね。 ![]() 以降の写真は陣原側。水路に対して斜めに交差していることが分かります。 ![]() ![]() 大きな地図で表示 マーカー左から穴生川のレンガ橋台、第2穴生川橋梁、皇后崎のねじりまんぽ ![]() 国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真) 撮影 1974(昭和49)年度 この橋がねじりまんぽであることはgolgodenkaさんが今年の5月に発見されました。国内では二十数カ所にねじりまんぽが現存してしますが、この橋の報告例は見当たらず、土木史上の大発見といっていいと思います。 現状ではこの橋は線路や道路に接続していない純粋な遺構です。では、当初は何のために建設されたのでしょうか。golgodenkaさんやotcheeさんの推測を元に私も考えてみました。 まず建設時期は、位置関係からこの区間の西鉄北九州線の開通 ※3 以前と思われることや、レンガ刻印の存在(otcheeさんのブログ参照)から、おそらく明治時代でしょう。 ※3 この区間の開通は1914(大正3)年。当時の事業者は九州電気軌道。 用途については私は道路ではなく鉄道だと思います。otcheeさんが指摘されているように昔の道路なら木橋で十分のはず。こんな細い水路にわざわざレンガアーチ橋を建設したからには重量物(鉄道車両)が通過していた可能性が高い。 鉄道ならば鹿児島本線から分岐する支線ではとの仮説が浮かびますが、本線に対する橋の角度が不自然で、実際に軌道が接続可能かどうか疑問が残ります。もしかすると、ここに鹿児島本線 ※4 が開通するよりも昔に存在して短期間で廃止になった路線かもしれません。otcheeさんによると運炭線があったらしいとのことですが詳細は不明です。鉄道史や廃線系の本に情報は見付からず。 ※4 この区間の開通は1891(明治24)年で当時の事業者は九州鉄道。つまり、このねじりまんぽ橋が鉄道用だとすると、明治24年以前に開通・運用・廃止になったのではないだろうか。 【関連サイト】 【関連エントリー】 |







